アーノルドの生涯 拡張
19世紀最後の10年間、アーノルド・ヤンセンの手がけた事業は世界規模の広がりを見せる。彼は、ラテンアメリカ、アフリカ、ニューギニア、北アメリカに宣教師を派遣する。
1888年、ローマに聖ラファエル神学校(勉学のための宿舎)が開校される。これは神言会にとって2番目の建物である。
1889年、ウィーン近郊のメデリングに、聖ガブリエル宣教神学校の礎石が据えられる。アーノルド・ヤンセンは、多大な努力を重ね、申請を繰り返し行ない、フランツ・ヨゼフ皇帝と3回にわたって謁見し、オーストリア市民権を得た末に、ようやくオーストリアに修道会を設立できたのである。
2つの建物は、シレジア地方ナイセの聖十字架宣教神学校とザール地方の聖ヴェンデル宣教神学校という大きな建物へと発展していく。
新たなる神言修道会の宣教地
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1889年
アルゼンチン
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1892年
トーゴ
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1895年
ブラジル
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1896年
ニューギニア
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1899年
アメリカ合衆国
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1900年
チリ
トーゴ、ロメの最初の宣教拠点。都会的な施設とは言えない。
ドイツの地に宣教神学校を建てることについて政府からの承認を得ることによって、アーノルド神父は、他の宣教修道会、すなわち、カトリック使徒協会、オブレート会、聖霊会、ホワイト・ファーザーズ、聖心布教会が入る道を整える。
今やこれらすべての修道会が、ドイツでの召命募集を行ない、友人や後援者を探し、カレンダーや宣教雑誌を出版するようになる。これは、神言修道会にとって「競争」を意味するものではあるが、同時にドイツにおける宣教活動がどんどん成長することを意味する。

※本ページは、神言会創立150周年記念資料をもとに再構成・編集したものです。
