アーノルドの生涯 修道女たち
早くも1882年には、宣教師になることを熱望して、シュタイルでは台所で働く若い女性たちが出てくる。彼女らは1889年に修道女になり、1895年にはそれぞれの宣教に携わっている。1896年、なおもアーノルドはもう1つの修道会、永久礼拝修道女会を設立。
この修道会の仕事は、祈りをもって宣教師たちの活動に同行するというものである。

最初に宣教師になることを望んだのは、ヘレナ・シュトレンベルクという、アイフェルのロールスブロイッヒ出身の女性である。14か月後には、ヘンドリナ・シュテンマンスが、下ライン地方のイッスムから到着する。この2人(写真左2人)が、聖霊奉侍布教修道女会の創立協力者となり、初期の総長(マザー・マリアとマザー・ヨゼファ)になる。ヘレナは1995年に、ヘンドリナは2008年に列福された。
ルール地方のエムシャー出身のアドルフィネ・トゥンニース(マザー・マリア・ミカエラ)(写真右1人)は永久礼拝修道女会の初代総長になる。この修道会の使命は、俗世間から遠く離れて働くこと、特に他の2つの修道会の宣教と使徒的活動のために祈ることである。
初めの頃、シュタイルの印刷所での仕事は、海外の宣教から戻ってくる修道女たちにとって休養の機会になる。彼女らは学校や孤児院、病院で働き、社会的活動に携わっていた。アーノルド・ヤンセンが帰天するまでには、修道女たちの宣教活動は、以下のように世界全体に広がっていく。
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1895年
アルゼンチン
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1896年
トーゴ
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1899年
ニューギニア
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1901年
アメリカ合衆国
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1902年
ブラジル
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1905年
中国
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1908年
日本
『聖心の小さき使徒』1874年3月号
「修道女には、宣教地において男性以上にものすごい強みが2つある。1つは地方での召命募集を楽々とこなすこと。至る所で彼女らは少女たちを惹きつけ、修道会入会に導くのである。更に彼女らの働きで誤解が生じることは少ない。男性の宣教師は女性に比べると疑いの目で見られ、傲慢で政府に反対する意向をも持っているということで告発されることがはるかに多いのである」

※本ページは、神言会創立150周年記念資料をもとに再構成・編集したものです。
