アーノルドの生涯 リーダーシップ
1885年にアーノルド・ヤンセンは修道会の終身総会長に選ばれる。彼は勤務時間の大半を机の前で過ごす。重要な決断を下す前には秘書と共に跪いて祈りをささげる。週ごとに開催される会議では、修道会の生活についての詳細が提示され、それについての徹底的な検討がなされた。
アーノルドは、最初からほとんど一人でシュタイル共同体を導いてきた。
修道会最初の総会議が1884年12月10日に開催される。参加者は4人。アーノルド、彼の兄弟ヨハネス(後列右)、学事担当のヘルマン・ヴェゲナー(後列左)、そして、会議のために中国からやってきたアンツァー司教。
この会議で修道会の会則が作成される。それはアーノルドの手書きによるもので227ページにわたるラテン語の文書である。総会議は、何度かの中断を経て、1886年5月12日まで続く。 1886年の会則の条項は、修道会の運営に意見を出すことができる助言者のために作成されている。後に決定を下す権限は、地方レベル、つまり、管区、修道院レベルに委ねられていく。
「宣教に派遣されるのであれば、その地で生活しその地で死ぬ意志を持って出かけるべきである」(アーノルド・ヤンセンが手書きで作成し、最初の総会議参加者4人が署名した神言会会則の抜粋)
アーノルド神父の秘書の1人は、アーノルドの日々の仕事の流れについてこのように言っている
「彼の仕事は朝食前から、すなわちミサ後の30分間にわたる感謝の祈りをささげた後に既に始まっていた。彼は、その日に返事を出す手紙の仕分けをした。私は午前8時には彼のところに行かなければならなかった。彼はすぐに口述を始め、休むことなく10時まで、時には11時まで続けた。仕事は13時30分に、もしくは遅くとも14時までには再開した。しばしば彼は晩の祈りの後であっても、特に重要事項を扱わなければならない時には21時30分という遅い時間であっても私を呼び出した。彼は22時になるまで、時には23時、23時30分になるまで就寝しなかったこともあったであろう。」

※本ページは、神言会創立150周年記念資料をもとに再構成・編集したものです。
