学校法人南山学園 理事長
市瀬 英昭
南山学園の教育にご子息、ご息女を託してくださっている保護者の皆さま、直接、間接に本学園の教育事業を支えてくださっている同窓生の皆さま、本学園の教育事業にご理解とご支援を賜わっているすべての企業の皆さまに、日頃の感謝とともに、クリスマスのお祝いを申し上げます。
今年の南山学園からのクリスマスメッセージの標語は「響け」です。多くの問題、課題を抱える現在の世界の中で、どのようなクリスマスメッセージが響き渡るのでしょうか。「世界には現在78の壁がある」とNHKのある番組で知りました。人と人とを隔てる壁。国と国とを隔てる壁。わたしたちは、その壁の前に、無力に立ち尽くすことしかできないのでしょうか。平和への道を探る地道な活動、多くの人々の粘り強い働きがあります。それらはすべて無に帰すのでしょうか。決してそうではない、という喜ばしい兆しが見えてきたように思います。10月11日に日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が今年の「ノーベル平和賞」を受賞しました。善意の人々とともにカトリック校である南山学園も「この希望は失望に終わることがない」(ローマ書5章5節)ことを信じています。
「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊された」(エフェソ書2章14節)

南山学園の設置母体である神言修道会は、来年2025年に創立150周年を迎えます。創立の期日は1875年9月8日です。本会の創立者、聖アーノルド・ヤンセンがとりわけ好んだ聖書の言葉は「初めにことばがあった」で始まる-クリスマスのミサでも朗読される-ヨハネ福音書の冒頭の箇所でした。その中にある「光は暗闇の中で輝いている」という現在形の一文(5節)は慰め深いものです。時代の流れに対応して、聖書の中で強調すべき側面は変わっていくかもしれません。そんな中で「光」はいつの時代にも大切なテーマなのではないでしょうか。いろいろな意味で暗闇を体験しているわたしたちに「今・ここに」輝いている光、決して消えることのない光は勇気と希望を与えます。しかし、同時にそのメッセージはわたしたち自身にその光に支えられてともに行動を起こすよう呼びかけています。

『心のともしび』というカトリックのラジオ番組があります。そこで毎回繰り返される標語は「暗いと不平を言うよりも、すすんで明かりをつけよう」というものです。子どもにも大人にもわかりやすい語りかけだと、今でも思います。これを実行に移すとなると、若い世代の人たちの方が身軽に動けるような印象がありますが、実際には、若い世代の行動力と年齢を重ねた世代の知恵との協働そして連携があるべき社会の誕生を可能にするのではないかと思います。その意味でも、上述のノーベル平和賞受賞のインタビューの場で涙ながらに応える箕牧理事長の隣に3名の高校生平和大使が座っていたのはとても象徴的でした。南山学園に属する各単位校も、連携し、励まし合い、また地域社会の皆さんとの協力の中で、本当の平和な社会に向かって動き出すことができますように。
メリークリスマス!
神言神学院でのミサの様子
南山学園理事長 市瀬 英昭
南山学園の教育にご子息、ご息女を託してくださっている保護者の皆さま、直接、間接に本学園の教育事業を支えてくださっている同窓生の皆さま、本学園の教育事業にご理解とご支援を賜わっているすべての企業の皆さまに、日頃の感謝とともに、クリスマスのお祝いを申し上げます。
ところで、人は「子どもの童話」を人生で三回読む、という言い方があります。一回目は、自分が子どものときに読む、二回目は、自分が母親あるいは父親として子どものために読む、三回目は、自分が大人として自分のために読む、という具合です。同じ童話であっても、わたしたちは、その話に違った年代で接し、その時々に必要なメッセージと生きていくヒントを、そこから受け取ることがあるようです。そういう意味では「子どもの童話」にはいつも何かしらの「真実」が含まれている(Children’s Stories always have a certain Truth in them)、それも「共に生きていく」ために大切な「真実」が含まれていると言えそうです。
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった」(『ルカによる福音書』2章10節―11節)。救い主の誕生を告げる天使の言葉です。これは、子ども向けの童話ではありませんが、子どもも大人も一緒に読むことのできる話、それも国と時代と文化を超えて共有されている話です。このクリスマスのメッセージを、わたしたちは、この惑星に住む一人の人間として、また、幸せや喜びだけでなく、現実の闇や苦しみや不条理も多かれ少なかれ体験している一人の大人として、どう読むのでしょうか。
世界がどのような状況であっても、変わることなく告げられてきたこの言葉は、この季節に、世界の各地で、それぞれの言語で、苦境の中にあっても、読まれています。それは、そこに、わたしたちが「共に生きていく」ための励ましを聞くことができる、と予感されているからではないでしょうか。わたしたちは単に何の意味もなく地球上に生まれてきたのではなく「共に、支え合って、喜んで、生きていくために生まれてきた」のだということを、そして、憎しみや復讐ではなく、お互いのゆるしと和解が世界に本当の平和をもたらす働きを託されている、ということを改めて思い起こしたいと思います。脚本家の倉本聡さんは、あるインタビュ―の中で「クリスマスは何かをしてもらう日ではなく、人のために何かをする日だ、それを忘れないようしたい」と言われていました。苦境にある現在の世界の回復のために、わたしたちに今できることを、平和を願う人たちと一緒に、実践したいと思います。
南山学園を支えてくださるすべての皆さまに改めて感謝し、そして、世界の本当の平和を願いながら、ともにクリスマスを祝いたいと思います。メリークリスマス!
南山学園理事長 市瀬 英昭
南山学園の教育にご子息・ご息女を託してくださっている保護者の皆さま、直接、間接に本学園の教育事業を支えてくださっている同窓生の皆さま、本学園の教育事業にご理解とご支援を賜っているすべての企業の皆さまに、日頃の感謝とともに、クリスマスのお祝いを申し上げます。
皆さん覚えておられると思いますが、NGO「ペシャワール会」の医師であった中村哲さんは2019年12月4日アフガニスタンで武装集団に銃撃されて亡くなりました。73歳でした。中村哲さんは、2000年に南山高等・中学校 男子部に講演で来られましたが、その経緯は男子部の元教諭によって紹介されています(「南山アーカイブズニュース」第13号、2020年)。また、今年2022年には、その活動を描いたドキュメンタリー映画「荒野に希望の灯をともす」も製作されました。アフガニスタンの人たちのために善意で献身的に活動された方があのような形で亡くなったことに、わたしたちは、大きな悲しみと、また、不条理を感じます。しかし、その死で全てが終わってしまったのではないということにも、いま、気付かされています。その意志がいろいろな形で引き継がれているからです。中村哲さんが生前モットーとしておられたことが二つあったそうです。一つは「誰かの、何かの役に立ちたい」ということ、もう一つは「裏切られても裏切り返さない」ということです。言葉としては簡単ですが、特に二つ目のモットーは、実践するのが非常に困難であることをわたしたちは、現在の世界のありさまを前にして実感しています。しかし、困難であることと不可能であることとは異なる、ということも肝に銘じたいと思います。
世界がどのような悲惨な状況であっても、毎年クリスマスは祝われます。それは、どんな困難の中でも「希望の灯を消さない」ためでもあります。12月25日のクリスマスミサで朗読されるヨハネ福音書はこうはじまります。「初めにことばがあった。ことばは神と共にあった。ことばは神であった・・・ことばのうちにいのちがあった。いのちは人間を照らす光であった」。そのあと、突然、現在形が登場します-「その光は暗闇の中で輝いている」。慰め深い「現在形」です。それは、わたしたちを励まし、行動へと促す「現在形」でもあります。
南山学園もその光を受け継ぎながら、希望をもって教育研究活動に邁進してまいります。カトリック名古屋教区は、本年、教区設立100周年を迎え、南山学園も創立90周年を迎えることができました。南山学園を支えてくださるすべての皆さんに改めて感謝し、そして、世界の本当の平和を願いながら、ともにクリスマスを祝いたいと思います。メリークリスマス!
南山学園理事長 市瀬 英昭
一足早いクリスマスのお祝いを申し上げます。
それと同時に、この機会に、南山学園をつくりあげているすべての方々―各学校等で日々勉学や研究等に励む園児・児童・生徒・学生の皆さん、その保護者・保証人の皆さま、そして、近くから遠くから支えていただいている卒業生の皆さま、企業・行政の皆さま、および教職員の皆さん方―に、心よりお礼を申し上げます。この一年間、コロナ禍の中で、それぞれに困難を抱えられたと思いますが、南山学園および各設置校へのご理解を賜り、ご支援をいただき、ともに南山学園および各設置校の使命を果たすためにはたらいていただきましたことに、深く感謝いたします。
現在のコロナ禍に限らず、世界には、常に、様々な困難が存在しています。しかし、その困難な状況は、わたしたちが様々なつながりの中に生かされているという事実を確認し、わたしたちに他者への責任を自覚させる機会となるかもしれません。また、それは、お互いが支え合い、協力し合い、知恵を出し合う機会でもあります。こうして、究極的には、わたしたち人間も「創られた存在」である、という根本的な事実に気付くことにもなります。
フランスの外交官で、日本にも大使として滞在したことのあるポール・クローデル氏(1868-1955)はこう言っています。
「すべてこの世に存在する苦しみは、臨終の苦しみではなく、産みの苦しみである」
わたしには、とてもそのように断言する勇気はありませんが、そうであって欲しい、と心から思います。わたしたちが直面しているいろいろな困難と苦しみは、何か、新しいよいものが誕生するための「産みの苦しみ」なのだ、ということ。そして、その新しい幸せのかたちが世界に誕生するためには、わたしたち人間同士の支え合いと助け合い、まさに「わたしたちの貢献」が必要であることを心に留めたいと思います。
クリスマスは、世界がどのような困難な状況であっても、毎年祝われます。
それは、クリスマスのメッセージが、キリストは、まさに、このような苦しみと不条理に満ちた世界の真っただ中に誕生したのだ、誕生しているのだ、と私たちに告げているからではないでしょうか。そして、同時に、聖書は、 どのような暗闇の中でも、どのような不条理の中でも、決して消えない光がある、消せない光がある、と宣言してわたしたちを励ましています。
わたしたちにとって、キリストは過去の存在ではなく、現在のわたしたちを照らし行くべき道を指し示してくれる存在です。わたしたち南山学園もその光を受けながら、希望をもって教育研究活動を展開してまいります。
1932年にヨゼフ・ライネルス神父により創立された南山学園は来年90年を迎えます。皆さまのご協力、皆さまの毎日のご苦労を通して、南山学園の光が今も引き継がれていることに、改めて感謝しながら、その感謝の中で、クリスマスを祝いたいと思います。
クリスマスおめでとうございます!







