南山アーカイブズ 刊行物 南山学園史料集

『南山学園史料集12 五軒家町キャンパスの構想』

2017.03.17

編集・発行:南山アーカイブズ 2017年3月17日

『南山学園史料集12 五軒家町キャンパスの構想』


目 次

凡例

写真史資編

 山里町キャンパスの初期構想………………………..4

 五軒家町

  五軒家町キャンパスの初期構想…………………….6

  五軒家町敷地見取図……………………………..8

  南山中学校敷地及建物運動場配置図…………………9

 南山中学校(男子部)

  雨天体操場兼講堂………………………………10

 南山教会……………………………………….17

 中学校校舎増築

  西校舎増築……………………………………29

  理科学研究設計図………………………………31

 南山大学

  人類学民族学研究所…………………………….32

  展開図……………………………………….33

  経済学部設置構想………………………………35

 聖霊中学校・高等学校

  名古屋聖霊学園計画図…………………………..37

  校 舎……………………………………….40

 南山中学校(国際部)…………………………….43

文字史料編……………………………………….44

解説……………………………………………..81

1932年、名古屋市中区五軒家町(現・昭和区五軒家町)に南山中学校(旧制)が創設され、今日に至る南山学園の歴史が始まりました。本史料集の冒頭には、山里町キャンパスの初期構想が掲載されています、W・M・ヴォーリーズによる完成予想図が作成された1949年、実際には、南山大学は旧制南山中学校本館校舎(現ライネルス館)で開学し、東翼・西翼校舎、南山学園講堂、スタンドを備えたプールなどの施設が建設されていきました。また、新制高等学校・中学校(男子部・女子部)も開学し、現在とは異なる場所に南山教会の建設も計画され、いくつかの図面が作成されました。さらに、女子学生を対象とした短期大学、International Elementary Schoolも計画され、現ライネルス館を中核にして、五軒家町キャンパスと言える空間が形成されつつあったのです。

 現在、大学は山里町、高等学校・中学校、法人事務局は「いりなか」、国際校は豊田という配置が当たり前のように感じられていますが、これは歴史的経緯の果てに形成された、多くの選択の結果なのです。本史料集の時間は大学の山里町移転以前にとどまっています。この後に起こる、南山学園の歴史に大きな影響を与えた「選択」に思いを馳せながら、本史料集を紐解いていただければ幸いです。

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