南山学園の教育理念

 南山学園の創立者ヨゼフ・ライネルス師は、カトリック神言修道会(神言会)に属し、1909年に来日した。その年の初めに、神言会に加えて聖霊奉侍布教修道女会(聖霊会)を設立した聖アーノルド・ヤンセンが亡くなった。1907年に3名の神言会員、翌年には5名の聖霊会員を宣教および教育事業のため日本に派遣したことが最後の大きな仕事となった。 

 1922年、富山県、石川県、福井県、岐阜県、愛知県を擁する名古屋教区が設立され、ライネルス師は初代教区長に任命された。以来、聖アーノルド・ヤンセンの遺志でもあった学校づくりに向かう動きが活発になり、1932年、南山学園の発祥である南山中学校が設立され、ライネルス師は名古屋教区長に加えて校長を務めた。個性尊重と家庭との連携教育が地域で評価され、その要請に応えて1936年に南山小学校が設立されたが、戦時下の1941年、名古屋市に移管された。

 その後は、戦時下の暗い時代を通して南山中学校は苦難の道を歩むことになるが、ライネルス師も、またその後継者で、後に南山大学初代学長となったアロイジオ・パッヘ師も、戦争中の絶望的な状況にあって、この学校を「神の使命」と考えて、たじろぐことはなかった。この創立者の精神は、70年をこえる歳月を経た今も変わることなく受け継がれている。


キリスト教の精神による教育


学園創立者 ヨゼフ・ライネルス師

創立者達が、南山中学校を神の使命と考えたとすれば、その目的はキリスト教の精神による教育を行うことであった。
元来、教育は「人間」の形成を目的とする。南山学園の教育の根底には、人間が神によって創造され、真の幸福は人間がキリストの道を歩むことにあるという信仰と、またその故に地上の如何なる権力もそれを奪うことは許されない尊厳をもつという人間観が存在する。この人間観の理解と確立こそ、キリスト教の精神による教育が第一に志向するところのものであり、「人間の尊厳のために」という教育のモットーが選ばれた理由である。
西洋文化は二千年にわたるキリスト教世界観によってはぐく
まれた。しかし、近代日本が摂取した西洋文化は著しく物質・技術文明に偏っていた。キリスト教の精神による教育は、西洋文化の精神的深みを伝えることによってこの偏りを正し、科学技術の進歩に伴う深刻な非人間化の傾向に対して、人間の尊厳を回復するための指針を探る手掛りを与えようとする。
現代のキリスト教は西洋文化と極めて密接な関係にあるが、他方、すべての良いものはその起源がどこにあろうと神の賜物と考えて、進んでそれを取り入れるところの包容性もキリスト教の固有の性格である。したがってすべてにおいて真なるもの、良きものを謙虚に求める態度を培うことはキリスト教の精神による教育の目標である。それは、一方では日本の伝統的文化に対する畏敬を意味し、他方では新しい国際的視野の基盤となるであろう。



知的理解と厳しい知的訓練


アーノルド・ヤンセン師

知的理解の強調と厳しい知的訓練は南山学園の教育の特色である。大学を頂点とする学校教育は、技術的習熟よりも知的理解を基本とし、更に、その能力を養うための知的訓練を行うことを主要な目的とする。元来信仰は、最も個人的な体験であるが、一方、知的理解は信仰と矛盾せず、むしろ信仰を強めるというのがキリスト教の伝統的な考えである。南山学園の教育における知的理解の強調はこの伝統に沿うものである。過去における多くの過ちが、独善と偏見の結果であったことを考えると、澄明な知性の涵養が如何に重要であるかは明らかであろう。知的理解の強調は究極的には人間の尊厳のためなのである。
しかし、学校教育における教科や授業科目の多くは、それ自体が知識であるより、むしろ経験や知識に対する将来の知的理解の能力を養うことを目的とするものである。厳密で正確な思考や明晰で偏らぬ判断をする能力は、厳しい知的訓練を経て初めて獲得される。例えば、創造的な数学的思考は長い厳格な数学の訓練の後に初めて可能になるものである。南山学園の厳しい知的訓練は、明晰な知的理解の前提であり、あくまでも自由で創造的な思索の基盤をつくるためなのである。



地域社会への奉仕

南山学園は地域社会と深く結びついた学園である。南山中学校が名古屋に設立されたのは、ライネルス師が名古屋教区長であったことと並んで、名古屋にカトリックの学校が存在しなかったことが理由であった。しかし、戦後、外国語専門学校を東京ではなく名古屋につくることを決定したのは「その文化を育て、成長させ、花を咲かせるための土台石となる」ことが使命であると考えたからであった。
あらゆるものが東京に集中する今日の傾向は決して望ましいことではない。ヨーロッパ文化の特質は一つの文化としての統一性の中に存在する驚くほどの多様性にあると言ってよいであろう。そして、前者の根底をなすものがキリスト教の信仰であるとすれば、後者は、多くのヨーロッパ文化の本質的な地方性より生まれたものである。日本の近代化がもたらした一つの不幸な結果は、かつての豊かな地方性を破壊し、大量生産的一様性がこれに取って代わったことである。南山学園の教育は、地方性の解消ではなく、むしろそれを養い育て、深めていくことに奉仕することを一つの使命とする。


国際性の涵養

国際性は、ローマ・カトリック教会を背景にもつ南山学園に固有のものである。南山中学校の設立者ライネルス師もその後継者パッヘ師もドイツ人であり、そして共にその生涯を日本で閉じた。偏狭なナショナリズムから日本を解放することは、当然彼等の念願であり、南山学園の教育の目的とするところでもあった。敗戦間もない1946年、南山外国語専門学校が設立されたのは、明らかにこの目的に向っての前進であった。
南山学園は外国語教育に特別な努力を注いでいる。高い外国語能力は国際性を養い育てる上で、いわば不可欠な条件だからである。留学等の外国経験の深さは南山学園の教員の著しい特色である。外国人教員の比率の高さは全国屈指であろう。中学から大学に至る帰国子女受け入れ制度は全国に先駆けて行われ、特に、中学校、高等学校での帰国子女受け入れのための国際部がつくられた。更に、この国際部を発展させて、帰国子女と外国人子女を随時受け入れる全国でも珍しい南山国際高等学校・中学校が設立されたのである。
外国人に日本語・日本文化を教授する南山大学国際教育センター(外国人留学生別科)の海外における声価は既に定まったと言ってよく、毎年、受け入れ定員をはるかに上まわる入学希望者が世界各国から志願してくるのである。大学、短大における学問的国際交流や海外留学制度の充実も南山学園の国際的活動の拡がりを示すものと言って良いであろう。将来世界の何処の地に行き、どのような人と交わるにしても、すべての人に人間の尊厳を見、偏見の無い精神で相互の理解と友情を育てることができるような国際人の基礎を作ることこそ、南山学園が国際性の涵養を説く意図であり、それが人間の尊厳を志向するキリスト教精神による教育の目指すものでもある。


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学校法人南山学園